自分次第で「知識や教養」は 成長し続ける事が出来る

物質的な「普遍」というものは
あるのだろうか?
もしそれが存在するのであれば
それは自然に反している事かもしれない。

しかしその逆、「変化」を
止める事は出来ない。
人であるならば生まれてから
死ぬまで肉体的にも
精神的にも「変化」し続ける。
それを止める事は出来ない。

「変化」といっても
「プラスに変化」するものと
「マイナスに変化」するものが
あるのではないだろうか?
一般的に変化する時最初は
「プラスに変化」し、
どこかの節目に
「マイナス変化」していくのが
自然の法則かもしれない。

それが短いスパンで変化し
再生続けるものあれば、
長期的なスパンで変化しやがて
無くなるものもある。
人の肉体は「プラスに変化」し、
どこかの節目に「マイナス変化」していく。
完璧に止める事は出来ない。

10代、20代前半位まで何も考えず
肉体が勝手に成長し
どこかの節目で少しずつ
「マイナスに変化」していく。

しかし自分次第で成長し続ける事が
出来るモノはないだろうか?
多分、知識や教養に関して身に付ける事は
自分次第なのではないだろうか?
そして「マイナスに変化」していく肉体を
「知識や教養」を使って補っていくのが
人間の真骨頂ではないだろうか?

人は良かった時のイメージが
強く残る傾向があるかもしれない。
特に中学、高校で部活を
一生懸命取り組んでいた場合、
その時のイメージ強く残っているので運動、
体を動かすというとその時の身体的に
良かったイメージが
浮かんでしまう傾向があるかもしれない。
だから社会人になって
「今更あんなことは出来ない」と
思うかもしれない。
もちろん10代の時のような「がむしゃら」に
身体を動かす事は 出来ないだろう。

でも人は自分次第で「知識や教養」は
成長し続ける事が出来る。
「知識や教養」を使い工夫すれば
その歳にあった
身体の使い方、楽しみ方、可能性は無限大に変化、
広がっていくのが
身体の素晴らしいところだと思う。
これを使いこなさないのは勿体ない。

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